最近、やたらと耳にするようになった「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉。
もちろん、理不尽な客の怒鳴り声、土下座の強要、暴力的な要求——
それは確実にダメだし、守られるべきはたしかに店員の人権。
でもさ。
最近ちょっと違和感を感じてるのは、「カスハラって言えば全部チャラ」みたいに、
自分の接客のまずさも、笑顔のなさも、全部“お客様のせい”にする風潮が出てきてないかってこと。
■ 店員の「とりあえず客を疑う目線」
先日、とある飲食チェーンでの出来事。
こちらは普通に「すみません、お冷もう一杯いただけますか?」と聞いただけ。
そしたら返ってきたのは無表情の「はぁい」だけ。
しかもその目には「またかよ…」のフィルターがかかってる。
…こっちはクレームもしてないし、お願いしただけなんだけどね?
■ 「カスハラ」による副作用:接客業が“お客様に優しくしない”理由
カスハラを恐れるあまり、「余計なことはしない」「話しかけない」「最低限だけ対応する」
そんなマニュアル接客が広がってる。
でも、接客って「最低限」じゃ、お客様の心は動かせない。
心ある「おもてなし」は、相手に歩み寄る気持ちから始まるものじゃない?
■ 本当のプロは「毅然としながらも、温かい」
カスハラを許さないのは当然。でも、それは「感じ悪くてもOK」の免罪符じゃない。
プロの接客はこうだ。
- 「申し訳ありませんが、こちらでは〜できません」→断る時こそ丁寧に
- 「お待たせしました」→忙しくても一言そえる
- 「ありがとうございます」→形式的でも、ちゃんと目を見る
毅然としながらも、温かい。
それが、昔ながらの職人の姿勢であり、親方マンの信じる「商い」だ。
■ 親方マンからのひとこと
「お客様は神様」なんて時代は終わった。
でも、「お客様に喜んでもらいたい」という心だけは、終わらせちゃいけない。
カスハラも、態度の悪い店員も、どっちもいらない。
必要なのは——お互いを思いやる、ほんの少しの余白だと思う。


